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寝るまでが今日です。

深夜更新です

2nd SIDEは文学

あなたは神谷奈緒というアイドルをご存じだろうか。

千葉県生まれの17歳。ツンでデレで素直になれない可愛い子ちゃん、太い眉毛とモフモフの髪が「はぁ?別に可愛いとか興味ねえし」とでも言いたげに少々野暮ったいのだがそれさえも可愛い、というか細い眉毛にストレートの神谷奈緒は最早神谷奈緒ではないのではないだろうか。

さて『2nd SIDE』はそんな彼女の持ち歌である。

今回注目したいのはその歌詞、特に

①「目をそらしても 二つ目の傘を 渡す度に」

②「いつも濡れてるはずの 左の肩は 近づくたびに 消えていくよ」

③「まっすぐ向いて 話すのさ」

④「降り出した雨の道を 手を繋いで歩いて」

⑤「本当のあたし 見せるから おんなのココロだもの このまま抱きしめて」

の五つ。

まず前提としてこの歌は相合傘の歌である。それを踏まえた上で①を見ると気付くことがある、曲中の女はしっかりと二つ傘を持っているのである。しかし②では明らかに相合傘をしている、しかも「"いつも"濡れてるはずの 左の肩は」とあるとおり普段から相合傘をしているのである。おいもう一本の傘どこやった

これは①と②の間で時間の経過、親密度の向上があったことを表わしている、つまりは隣同士に並ぶ二つの傘がいつからか一つになり、それが"いつも"になるまでの物語を聴き手に想像させるのである。

これにより聴き手は否が応でも彼女の言い出したいけれど言い出せない乙女心に想いを馳せることになる。

「相合傘がしたくてわざと傘を忘れたりしたのかな?」

「それとも相合傘したいと言い出したのかな?」

なんてことを考えてしまう。

雨は毎日降るものではない。きっと彼女は晴れの日に家を出る時、玄関でふと目に入った傘立てを見て「早く雨降らないかな」なんて呟いたことだろう。

雨の日にいつも外にいるとは限らない。家の中、窓の外に降りしきる雨を見つめながら「こんな日に外にいたら迎えに来てくれたのかな」なんて呟いたことだろう。

その言葉達は彼女の中に想いとして募っていく。それはいずれ堪えきれずに雨を降らすのである。

更に②の歌詞からは左の肩が濡れているという点から分かる通り、傘を持っているのが男であり更にその男が車道側に立っていることが分かる。

男の方もきちんと女のことを想っているのである。

次に順番は前後するが④に注目してほしい。こいつら手を繋いでいるのである。

相合傘をしているうえに手を繋いでやがるのである。

なんとも羨ましい話だがここから男は女とは反対側の手つまりは車道側である右手で傘を持っていることがわかる。

男のこの体勢、半身を女側に向けつつ歩くことになるので地味に辛い。しかし手を繋ぐために多少の不便さや辛さを我慢しているのである。

さて次に③、相合傘をしているのにまっすぐ向いて話すとはどういうことであろうか。これは正面を向くという意味ではなく男の方を向くということではないかと思う。

しかし手を繋いだままで向き合うのは難しい、一度手を離さなければならない。

これはそのまま関係性のリセットを表わしているように思われる。

想像してみてほしい、不意に手を離され驚いた顔の男、その男を見つめる決意をした目の女。男は悟り、女は思う。

――この関係はきっとここで終わる

答えがどうであれ、その言葉を言ってしまえば今までの自分たちではいられないと。

ここで⑤の歌詞なのである。

「本当のあたし 見せるから おんなのココロだもの このまま抱きしめて」

告白。雨はもう止んだ。放り投げた傘はきっと虹のような綺麗な放物線を描くことだろう。

 

しかしここからがこの曲の真骨頂なのである。

この曲は最後こう結ばれる

「口にはしないけど 先に気づいて欲しいの」

 

 

 

 

 

はああああああああ??????

お前ここまできて告白しないのかよ!!!!!

絶対両想いじゃん!!!!!

 

そうなのである、結局言えないのである。

奈緒ちゃんは照れ屋さんなのであるからしてその奈緒ちゃんの持ち歌も照れ屋さんなのである。 

そんな奈緒ちゃんらしさ溢れる『2nd SIDE』は文学作品と言っても差し支えないように思われる。

私がノーベル賞選考委員会の一員であるならば作詞者であるESTi氏に文学賞を、そして神谷奈緒ちゃんには平和賞を与えるために尽力することだろう。

世界中の人々が神谷奈緒ちゃんの元一つになれることを切に願う。