寝るまでが今日です。

深夜更新です

隠す人々

 父と母が残したローションロボットは今日も元気にぬるぬるしている。

 このロボ、名を竹蔵と言う。姿かたちは中年男性のそれと全くの一緒。ロボと言いつつ三食しっかり食べ、テレビを見て馬鹿に大きい声で笑い、シャワーも浴びる。違いと言えば日に一度、夕食前にローションを補給しなければ動かなくなることと汗をかかず代わりにローションが体表から流れ出すことぐらいである。

 つまり傍から見ればぬめり気のあるただのおっさんである。さらにこのおっさん、もといロボは質の悪いことに洋服を身に着けることが出来ないため海水パンツだけを着用している。以前見栄えの改善を図るために洋服を着たことがあったのだがすぐにローションまみれでぬるぬるになってしまって結局脱ぐはめになった。ロボ本人は自身の格好を「海パン姿はアトムから続くロボットの正装」と言っていたが同じ家で暮らしている私にとってその発言はそのまま正装から死に装束にクラスチェンジさせたい気分にさせるものだった。しかし私は花もうらやむ女子中学生である。虫すら殺せない乙女チックな私にロボとはいえ人型のモノを殺すことなんてできるわけもなく華奢で可憐な私に出来たのは腰を入れたストレートを鳩尾に叩き込むことだけであった。

 ぬるりとした感触、ロボはにやりと笑った。

 ローション恐るべし、私はこの時身をもってローションロボットに物理攻撃を与えることは不可能なのだと知りその一度きりでロボを絶対に殴らなくなった。効かないとわかったからというのもあるがそれよりもロボが「殴られるとね、痛くなくても悲しい気持ちになるんだ」と言ったことの方が大きいかもしれない。つまり私はその一件でひどく打ちのめされ、胸が苦しくなり、こんな思いをするのはもう嫌だと思ったから殴らないようにしているのである。

 そして現在。ロボは私の部屋にいる。ベッドとちゃぶ台が置いてあるだけの窓もない簡素な部屋に二人、目の前にはロボが作った今夜の夕食オムライス、一口口の中にいれると卵とケチャップライスからは生まれないぬめりが口の中で主張する。ここにきて初めてロボの料理を食べた時は抗議したものだが「体に害はないし。それに、栄養あるから」と悲しそうな顔で言うロボに負け食べ続けた結果、今ではすっかり慣れてしまった。

「美味しい? 」

 ロボが聞いてくる。私は「美味しいですよ」と微笑んで見せた。

 作ってくれたことに対する礼儀が半分。もう半分はケチャップの功績。ケチャップはどんな味でも塗りつぶし、覆い隠し、誤魔化して食べられる味にしてくれるのである。ああ偉大なる調味料、ポン酢の次に愛してる。なんて話はさておき

「ねえ、竹蔵さん」

 今度は私からロボへの質問。

「竹蔵さんはいつまで私の傍にいるの? 」

 少しの空白の後、ロボはいつもの調子で答える。

「初めに会った時も言ったじゃないか、君が立派に成長して大人になるまでさ、なんたって僕は君のお父さんとお母さんに頼まれて君を助けるためにやってきたんだからね」

 竹蔵は優しく笑った。初めて会った時と同じ言葉、同じ笑み。あの日私が目を覚ますと竹蔵がいた。なにが起きたのかわからない私に竹蔵は「僕はローションロボット、君のお父さんとお母さんに頼まれてここにいるんだ。君のお父さんとお母さんは少しの間遠くにお仕事に行っちゃったんだ。でも安心してその間僕が君を守るから」と言った。

 それが本当かどうか私には今もわからない。でも確かなのはロボがいなければ生活すらままならないということである。今私には守ってくれる保護者もお金もない、どれだけロボの見た目が小汚かろうが、部屋の壁が薄く隣の部屋から聞こえるテレビの音とロボの笑い声で寝不足になろうがそれぐらいは仕方のないことである。

 小汚いのがなんだ、家事を全てやってくれるうえに本まで買い与えてくれるなんてとんでもなく良いロボではないか。壁が薄いのがなんだ、扉には鍵が付いていて防犯がしっかりしているではないか。そう考えると私は今なんて恵まれた空間にいるのだろうか。それにこんな美味しいオムライスまで用意してくれるだなんて、なんてロボは優しいんだ。

 これは感謝せずにはいられないという気持ちになり「そうだよね、いつも傍にいてくれてありがとうね、ロボッ! 」とはにかんだ。

 ロボは照れくさそうにしている。それを見てなんだか清廉潔白、純真無垢な私まで照れくさくなってオムライスを口に運ぶ。ただひたすらに、純潔を形にしたような私はケチャップが舌にベタついても運び続ける。

ケチャップを味わいながら私はきっとこれからもロボと私、二人の生活は誰の手も加えられずにぬるぬると続いていくのだと思った。

 父と母の代わりであるローションロボットは明日も元気にぬるぬるしていく。